祝賀晩餐会を主催するセナート帝国から主賓であるカイトの案内役としてミズガルズ王国を訪れたシルビアの滞在は、当初の予定通り二泊三日の短さで終わり、十一月二十九日の正午にはカイトとその護衛役を務めるセリカとステラ、そして案内役であるシルビアを乗せたセナート帝国籍の黒光りする汽船は、プログレの港からヴォストークへ向けて出航した。
客船よりも軍艦に近い装甲板で固められた汽船は、セナート帝国が覇権を握った大陸とミズガルズ王国の領土として国を形作る列島との間にある縁海を予定通りに就航し、十一月三十一日の昼過ぎにはヴォストークの港へと入港した。 港湾都市であるヴォストークは、大陸の東端までを領土としたセナート帝国にとっての「極東の玄関口」となったことで急速に発展した都市だった。 地形に恵まれた歴史のある良港と、セナート帝国がその威信をかけて敷設した世界初となる大陸横断鉄道の「東方の始発駅」を擁する交通の要衝であるヴォストークの街は、足早に行き交う人々の活気に満ちていた。 セナート帝国というミズガルズ王国にとって最も警戒すべき仮想敵国でありながら最大の交易国でもある国に降り立ったカイトは「この大陸に父さんがいるのか」という感慨を覚えながら街並みを眺めた。 師走を前にしたヴォストークの街は、これまでにカイトが見た王都プログレやウァティカヌス聖皇国といった異世界の街よりも密度の高い賑わいをみせていた。「活気のある街ですね」
カイトが素直な感想を口にすると、街を案内するシルビアは微笑を浮かべて答えた。
「このヴォストークは積極的に開発を進めるセナート帝国の中でも、勢いのある街の代表格です。お気に召しましたか?」
「ええ、寒いですが、それに負けない熱気を感じます」カイトの感想を聞いたシルビアは満更でもないといった表情を隠さなかった。
ヴォストークの中心地となっている大陸横断鉄道の駅前にあるホテルで一泊したカイトら一行は、朝の内にハルバ行きの汽車に乗り込んだ。 異世界テルスでは最新の移動手段である蒸気機関車は、特有の音と匂いを発しながら力強く疾走した。 大陸を疾走する車窓からの眺めは、カイトにとって旅の高揚感を伴うものだった。 夜半には目的地であるハルバに到着したカイトら一行は、駅から最寄りのホテルに宿泊すると、翌朝にはチタ行きの汽車に乗り込んだ。 カイトが想像していたよりも乗り心地はいいが、慣れてしまえば退屈でもある車中で、一行の面々はポーカーに興じた。 魔道士としての収入の高さを反映してレートの高いポーカーにはシルビアも参加し、その分析の速さとポーカーフェイスで圧倒的な強さをみせた。 時刻表の通りに夕刻にはチタへと到着した一行は、同様にホテルに一泊して翌朝のヤール行きの汽車に乗り込んだ。 ヤールへ向かう頃には、食堂車での食事をゆっくりと愉しみ、客車ではポーカーに興じるというサイクルにカイトたちはすっかり慣れてしまった。 夜半にヤールへと到着した翌朝には次の目的地であるオムスク行きの汽車に乗り込むといった、何度も繰り返した駅とホテルとの行き来の中で、職人らしき父子が大きな道具箱を一緒に運ぶ姿を見たカイトがピタッと足を止めた。「どうかしましたか?」
急に足を止めたカイトへステラが声をかけると、微苦笑を浮かべたカイトは一呼吸置いてから答えた。
「いえ、特に何があったってわけじゃないんですが、何となく今でも実感が湧かないなあ……と」
「実感、ですか?」 「はい。魔王と称される男へ会いに行くと覚悟してたのに、その魔王が治める国といえば、どの街も平和で活気があって……」カイトの明瞭とはいえない感想を聞いたステラが「そうですね」と短い同意を返して、大陸の晴れ渡る空を見上げる。
つられて空を見上げたカイトは、頬に大陸特有の乾いた冬の風を感じた。「それに……父がいるはずの帝都に近づいてるっていう実感も未だに弱いっていうか、自分の気持ちを上手く掴めてないって感じなんです」
「ダイキ卿に関する記憶がほとんど無いのなら、それも致し方ないと思います」 「どんな男でしたか?」カイトが端的な質問を向けると、ステラは微かに思案する表情を浮かべてから答えた。
「わたしもそれほどダイキ卿との接点があったわけではありませんが……多面的な人物だったようには思います」
「多面的……」 「清濁併せ呑む、とでも言うんでしょうか。器の大きさを感じさせる方でした」 「そうですか……」ステラは言葉を選んで答えているようにカイトは感じたが、それ以上は踏み込まないことにした。
カイトら一行を乗せた汽車は夕刻にオムスクへ到着。翌朝にはエカチェ行きの汽車に乗り込み、その翌朝にはヴァトカ行きの汽車に乗り込んだ。 ヴァトカの駅に着いた時には十二月もすでに七日となり、街に漂う年末の気配もめっきり強くなっていた。 冬の匂いに包まれた夕刻のヴァトカ駅のホームへ降り立ったカイトを、出迎えるように一人の男が立っていた。 百九十四センチとセリカよりも背が高い男は、群青の地に雌黄で縁取られた軍服を着ていた。 同色のマントには鮮やかな黄色で刺繍されたサンダーバードのエンブレムと、首席魔道士を示す「Ⅰ」の数字。 ゆっくりとした足取りで真っ直ぐにカイトへ歩み寄りながら、男はゆったりとした動作で右手を軽く挙げてみせた。「どうもどうも、カイト卿ですね。ワキンヤン魔道士団のトゥアタラです」
テルス史に類を見ない急速な発展を遂げたアメリクス合衆国の筆頭魔道士団である、ワキンヤン魔道士団の首席魔道士として世界に名を馳せるトゥアタラは、リラックスした笑みを浮かべていた。
その愛らしい顔と小柄な身体でもって、己の不遜を敢えて誇示してみせるアリアを正視しながら近付いたアクーラは、身長差のあるアリアを見下ろす位置まで寄ってから足を止めた。「卿が返り血で興奮するっていう狂乱の魔範士ですかあ」 軽蔑を露わにしたアクーラの第一声に対して、アリアは不遜な笑みを浮かべたままアクーラの胸元に山吹色の刺繍で標されたローマ数字に目をやった。「そうだよ。ボクが戦闘でしか興奮できない変態の南方元帥、アリア・ヴォルペってわけ。メーソンリーの第三席次ってことは、卿が植民地を血で染めた功績で出世した「鬼神」アクーラ卿ってわけだ」 出会い頭の応酬で既に臨界へと達した二人の殺気を間近で受けながらも、立ち会いを務めることとなったシルビアは冷静な態度を崩さなかった。「ラブリュス魔道士団の第六席次を預かる、シルビア・ゲルツと申します。立ち会いを務めます」 シルビアの声に反応したアクーラが、挑発を含んだ笑みから品定めする者の微笑へと表情を変える。「こんな形で顔を合わせることになるとは思いませんでしたねえ、シルビア卿。メーソンリー魔道士団の第三席次、アクーラ・ウォークレットですよお。よろしくお願いしますねえ」「こちらこそ。よろしくお願いいたします」 余裕を保って軽い会釈を返すシルビアに対し、アクーラは品定めする視線のまま応じた。「流石はセナート帝国の内政を掌握するグロリア卿の懐刀と呼ばれる方ですねえ。肝が据わってる。ヘイムダルを操らせたら右に出る者はいないって噂も、どうやら本当みたいですねえ」 探りを入れるアクーラの言葉を、シルビアは当然のように受け流した。「買いかぶりですよ。私はヘイムダルを行使することに特化した魔教士で、情報に携わる中でグロリア卿に目を掛けていただくようになった、というだけのことです」「アタシが最も警戒しなきゃいけない魔道士は、やはりシルビア卿。貴殿のようですねえ。ロキの敵とも、フレイヤの首輪の探し手とも呼ばれるヘイムダルの使い手が、セナート帝国の中枢にいるってのは、どうにも宿命染みてますよねえ」 その言葉に違わず、明らかに警戒をシルビアへと向けているアクーラの態度は、アリアの自尊心を刺激するには充分過ぎるものだった。「始めようか。卿の相手はボク、アリア・ヴォルペだ」「そうでしたねえ。じゃあ、始めましょうかあ。シルビア
「ここに揃ってるメンツだと、席次が一番高いのはシルビア卿だからね。立ち会い、お願いできるかな?」 アリアに立ち会いを頼まれたシルビアは、やれやれといった表情を作ってみせて答えた。「……分かりました。ただし、相手が応じるのなら、ですよ?」「それは大丈夫、応じるよ。間違いなくね」 にたりと笑いながら応じたアリアは、つかつかと軽い足取りで広場の中央にある噴水へ向かって歩を進めた。 アリアとその後に続くシルビアの姿を視認したアクーラが、対峙する同盟側の魔道士の中で真っ先に反応を示した。「なにやら、二人ばっかし、のこのこ出てきましたねえ」「え!?」 アクーラらが待つ同盟側の魔道士たちのもとに戻り、状況が一変したことを報告していたカイトはアクーラの声に驚き「えっ!?」と声を上げながら振り返った。 広場の中央にある噴水に近付いたアリアは、足を止めることも無く遊びに誘う声で同盟側の魔道士に向かって声を掛けた。 「おーい! ラブリュスのアリアだけど、誰か、ボクと模擬戦やんない?」 アリアの場違いな声を聞いたアクーラが、誘いに応じるように首をポキリと鳴らした。「だ、そうですよお。そんじゃ、アタシが行かせてもらいましょうかねえ」「まっ、待ってください! 模擬戦に応じる義理なんてありません」 慌てて止めに入るカイトへ視線を向けたアクーラの表情は、微かな笑みを浮かべていたが瞳には強い光を孕ませていた。「そうはいきませんよお。あっちはうちの大事な魔道士を二人も殺してるんですからねえ。それに、まだ初めての恋も知らなかったっていうアパラージタの魔道士も。ですよね? クラリティ卿」 アクーラに声を向けられたクラリティが静かにうなずく。「はい……わたしにとって、弟のような存在でした……」 瞳を潤ませたクラリティの言葉を受けて、アクーラが決意を示した。「メーソンリーのエースナンバーを背負う者として、仇討ちを為さねばならない身ですからねえ。ここはアタシが行かせてもらいますよお。カイト卿。卿もご存知の通り、魔道士同士による戦場での模擬戦はウァティカヌス法で明文化こそされてなくても、決闘から派生した名誉を懸けるものとして今でも意味を持ってます。筆頭魔道士団に属する魔道士にとって、名誉は非常に重いもんですからねえ。まあ、安心して見ててくださいよお。ああいうガキの鼻っ柱を
魔道士は国防を担う存在として、既存の社会構造を踏まえつつ移りゆく情勢との兼ね合いを探っていくのか、あるいは既存の権力構造を覆し魔道士が権力を掌握することで歴史の舵を取るのか。 今後の世界を二分する対立軸と成り得る二つの陣営で、その主戦力を担うこととなるエース級の魔道士たちが、田舎町の広場という僅かな距離を隔てて対峙している。 否応なく張り詰める空気をまるで気にする様子もなく、軽い足取りでティーダたちのもとへ戻ったダイキは、休日の行き先が決まったことを伝えるかのように撤退の決定を口にした。「そんじゃまあ、予定通りに撤退ってことで。よろしく」 ダイキの口調に対し、半ば呆れたといった表情を浮かべてみせたティーダは、「はいはい……そうと決まれば、こんな暑苦しいとことはさっさとおさらばするとしよう」 と了承を返した。 ティーダへ微苦笑を向けたダイキが、ラブリュス魔道士団の威光を示す漆黒の軍服の胸元を掴んでパタパタと空気を取り込みながら応じる。「そうしよう。この軍服は、この土地には合わんて」 ダイキの様子に不満の表情を浮かべていたアリアが、「やっぱさ……つまんないなあ。ぜんぜん面白くないよ」 と駄々をこねる子供の口調で不平を口にする。 ダイキはすまなそうな表情を作りながらアリアへと視線を向けた。「まあ、愉しむ気満々だったアリア卿にはほんと申し訳ないんだけど、この場の差配は俺に任されているってことで。今回だけは俺の顔を立ててくれないかなあ」 なだめる口調だったダイキとは違い、ティーダがアリアへ向けた口調は諭すものだった。「差配はダイキ卿に任せる。それが陛下の下知だ。それを承知の上で、卿は不服を口にするってのか?」 ティーダの言葉を受け流すように、アリアは視線を斜め上の空中に向けたまま答えた。「うーん……やっぱさあ、つまんないものはつまんないんだよ。アナン親子が対面するってためだけなら、こんな大仰なお膳立てなんて必要ないでしょ。こんな豪華なメンツが揃ってるのにさあ、立派な矛を交えることもなしで、はい、さよなら? そっちのがぜんぜん不自然じゃない?」 アリアの物言いに同調したのはヴァイオレットだった。「あたしも、そう思うな」「だよねえ?」アリアはヴァイオレットを一瞥してからダイキへと視線を向けた。「ダイキ卿。卿の顔は立てて撤退すること自体に
「父さん……いや、ダイキ卿。あなたを父親として呼ぶことに、俺は強い違和感を持ってしまいました。今後は名前で呼ばせてもらいます」 血の繋がった実の親子としての関係を、子供のほうから拒絶するという意思を示したカイトに対してダイキは、「まあ、それも当然だわなあ。おまえの好きにすりゃあいいよ、呼び方なんてな」 と薄ら笑いを浮かべつつ受け入れた。 異世界で十五年ぶりに顔を合わせた実の父親に向かって息子なりの抵抗を思い切ってぶつけてみたカイトにとって、ダイキの反応は失望を通り越して諦観を抱かせるものだった。「大事なことなので、確認しておきますが、ミズガルズ王国に戻る気はもう無いんですね?」「ああ、ないよ。今の自由な生活が気に入ってるんでね」「今は自由、なんですか?」「ミズガルズに比べりゃ断然、な。それに、治癒魔法ってのはひとつの国が独占するもんでもないだろ。ミズガルズにゃオヤジがいる。魔道士としちゃあ引退したかもしれんが治癒魔法の使い手としては現役だ。おまえもミズガルズに縛られる必要なんか無いってことさ」 世間話でもするように持論を語るダイキに対してカイトは、「俺はミズガルズ王国を護る筆頭魔道士団、トワゾンドールの首席魔道士です」 と静かな口調の中に毅然とした拒否を含ませて答えた。「気に入ってるのか? 今の立場を」「自分の今の力を受け入れた上で、俺が選択したこの世界での立場です。気に入る気に入らないの話じゃない」「おまえ、マジメだなあ……」 呆れた表情を浮かべてみせるダイキに対して、カイトは同じ質問を返してみることにした。「ダイキ卿は、今の立場を気に入っているんですか?」 ダイキは「んー、立場ねえ……」と顎を軽く掻いてから質問に答えた。「気に入ってるちゃあ気に入ってるのかもな。まあ、認識しなきゃこの世界でも生きてけないしな、立場ってやつは。セナート帝国には俺の治癒魔法で助かる人が大勢いる。ミズガルズより人口が多いセナートに俺がいるってのは、逆に自然な流れなんじゃねえかなとも思ってる」「自然な流れ、なんて虫のいい話が通ると本気で思ってるんですか? 現実に犠牲が出た戦争によって囚われた、トワゾンドールの元首席魔道士なんですよ、卿は」 即座に反論を口にしたカイトへ向けて、ダイキは軽い首肯を返してみせた。「まあ、その通りなんだけどさ。おまえは
アクーラが発した「ダイキ」の名に反応したカイトは、クラリティの前まで駆け寄ると父親の名前であるかを真っ先に確認した。「その、ダイキというのは、ダイキ・アナンですか?」「はい。聖魔道士であるダイキ・アナン卿です」「そうですか……」 言葉をつまらせたカイトへ寄り添うように、傍らへと歩み寄ったファセルが柔らかな声を掛ける。「カイト卿のお父様ね……魔道士団を構成する魔道士が十二名を超えたときには、通例として空位とされる第十三席次。その第十三席次に、ダイキ卿が就かれた。残酷だけれど、問われているわね。カイト卿の覚悟が」「……ええ、思ったより早かったですが……俺の覚悟が問われる局面ですね」「どうなさいます?」 ファセルの問いかけに対し、カイトは前を見据えたまま答えた。「……戦いましょう。俺は、トワゾンドール魔道士団の首席魔道士として遠征に加わりました。やらなきゃいけないことは、分かってるつもりです」「お父様と矛を交える事態にも、立ち向かう覚悟がお有りなのね?」「……はい。今の俺には、肉親よりも優先しなきゃならない使命があります」「結構。その覚悟が決まっているなら、わたしたちがカイト卿の矛となってさしあげましょう」「ありがとうございます。お願いします」 ファセルに向けて頭を下げたカイトの肩を、アクーラがグッと抱き寄せる。「このアクーラ・ウォークレットも付いてますからねえ。御安心召されよ、ってなもんなんですよお」「はい。ありがとうございます。心強いです」 アクーラの性格に救われた気がしたカイトは、固まっていた表情を微かに緩めて礼を述べた。 カレラはゆっくりとクラリティへ歩み寄ると、敵の主体であるラブリュス魔道士団に籍を置く魔道士たちの所在を訊ねた。「クラリティ卿。我々の敵となる魔道士たちは、今どこに?」「街の中央に位置する、広場に集合しています」「一般の兵は?」「後方支援に当たる一般の兵が小隊規模で帯同していますが、広場にはいません。ヒンドゥスターンの国軍に属する一般の兵が接収されることもなく、ラブリュス魔道士団と第六魔道士団に属するセナート帝国の魔道士だけが広場に集まっています」「そうですか。では、案内願えますか?」「はい。こちらです」 すぐさま首肯を返したクラリティの先導で、カイトら十名の魔道士で構成されたは四ヶ国の混合部隊
カイトら十名の魔道士で編成された遠征部隊を乗せた大型汽船は予定した航程を無事に進み、七日後となる四月十一日の朝に目的地であるベンガラの南東に位置する港湾都市チッタゴンの港に入港した。 セナート帝国側の抵抗を警戒した十名は、チッタゴンの港へ入港するのに合わせて甲板へ集合して哨戒に当たったが、港にはセナート帝国の魔道士はもとより、一般の兵の姿もなかった。「妙ですねえ……チッタゴンはどうでもいいってことですかねえ」 アクーラがぼそりとこぼした感想に、カレラはうなずきを返しながら答えた。「セオリーを無視するのはセナート帝国のお家芸だと聞いてはいたけど、実際に接すると気持ち悪いものね……ベンガラで迎え撃つ算段なのか、あるいは、すでに王都デリイに向けて全勢力で侵攻しているのか……」 ファセルが「どちらにせよ」と前置きを返してから、方針を口にした。「わたしたちの目的地が、ベンガラであることに変わりはないわ。早々に向かうとしましょ」 カイトたちを乗せた汽船は停泊の間を取らずに出航すると、ベンガラへの主要な交通手段として機能する深い河川を北上した。 何事もなく北上を続けた汽船は、昼前にはベンガラの河川港へと入港した。 カイトら十名の魔道士はチッタゴンに到着した際と同様に、甲板へ出て周囲を警戒したが、河川港にもセナート帝国の魔道士や兵の姿はなかった。 奇妙な静けさに対する気味悪さと拍子抜けを同時に感じながら、カイトはベンガラの河川港に降り立った。 河川港には最低限の着港に必要な作業員以外の人影はなく、警鐘だけが鳴り響いていた。「出迎えは警鐘だけですかあ。拍子抜けですねえ」 アクーラが全身を伸ばしながら感想をもらしたタイミングで、アクーラと共にメーソンリー魔道士団から遠征部隊に加わったエランが、前方を見据えながら警戒を促すようにアクーラへ声を掛けた。「その出迎えが、遅れて来たみたい」「おっと……あれえ? 一人ですかあ。というか、あの軍服……」 四ヶ国の筆頭魔道士団から選出された十人の魔道士に向かって、まっすぐに歩を進めるのはアパラージタ魔道士団の軍服を着たクラリティだった。 一人きりで四つの色が混合する十名の魔道士へ近付くクラリティの顔には、緊張の色がありありと表れていた。 アクーラはこちらに向かってくるクラリティを迎えるように、軽い足取りで歩み寄